フルタイム勤務1歳児のママ、ゆきです。
最近、ふと思ったんです。

育児が始まる前って、家での判断、こんなに多かったっけ…?
独身時代も、夫と二人暮らしだったDINKs時代も、家にいる時間って割とぼーっとしていられたんですよね。ご飯どうしようかな〜くらいは考えるけど、それ以外はyoutubeを見たり、本読んだり、お風呂入ったり。家にいるのに頭フル回転、みたいな状態にはなっていなかった気がします。
それが、娘が生まれてから一変しました。
朝起きてから夜寝るまで、ずっと何かを判断してる😂
そんな日々を過ごす中で、ある日、ふと気づいたんです。
「あ、判断力って、有限のリソースだったんだ」
今日はその話を書いてみます。
仕事と育児の両立って、よく時間配分の話で語られるけど、ワーママの「判断疲れ」みたいな話ってあんまり語られない気がしてます。
実は仕事と育児の両立って「判断回数の配分」の話でもあるんじゃないか、というのが今日の本題です。
育児って、判断の連続だった

考えてみたら、育児って判断、判断、判断の連続なんですよね。
ミルクの量、今日はどのくらいあげればいいかな、ちょっと飲みが少ない気もするけど増やすべき?減らすべき?
今日ずいぶん寝てるけどそろそろ起こしたほうがいいかな?
娘が勝手に廊下にいかないように扉しめなきゃ、洗面所の扉もちゃんと閉めなきゃ、この引き出しも触らないようにしないと…
ようやく抱っこで落ち着いてきた、けどそろそろ腕がしんどい、どのタイミングで下していいかな?
今日は外出予定があるけど娘の機嫌が微妙、泣かれるかもしれないけど…ええい、こっちにも予定があるし、行っちゃおう!
ぜんぶ、判断なんですよね。
しかもどれも正解がないやつ。「子どもによる」「ご家庭による」やつ。
思い返すと、私が前に書いた名もなき育児シリーズも、結局はぜんぶ判断の話だったんですよね。お風呂に入る前に、洗面所の扉を閉めるだけでこんなに頭使うんかい、っていう😂
名前のない育児って、つまり「判断ばっかりしてるけど、作業として名前がついてない時間」なのかもしれません。
「決定疲労」って言葉を知って、ちょっと腑に落ちた

そんな日々を過ごしていたある日、「決断疲れ(decision fatigue)」という言葉を知りました。
心理学者のロイ・バウマイスターという人が提唱した概念で、ざっくり言うと、判断を繰り返していくとその後の判断の質が落ちたり、判断そのものを避けるようになったりする、という現象を指す言葉らしいです。
スティーブ・ジョブズが毎日同じ服を着ていたっていう有名なエピソードも、この文脈で語られたりしますよね。「服を選ぶ」という判断にエネルギーを使いたくなかったから、と。
ちなみに、この理論については、近年は研究の再現性についての議論もあるみたいで、確立した法則というよりは、こういう感覚を言葉にしてくれている概念、くらいに私は受け取ってます。
ただ、私にとっては、自分が日々感じていた感覚を言語化する言葉が見つかった、という意味ですごくしっくりきたんですよね。
判断にも、心理的なコストがある。
判断を繰り返すと、何かしらすり減るものがある。

確かに、そういう感覚、ある。
仕事中に「頭が回らない日」の正体
この言葉を知ってから、自分の仕事中の状態を振り返ってみたんです。
そういえば、復職してから「あれ、今日なんか頭が回らないな」って感じる日がちょくちょくあったな、と。ワーママあるあるかもしれないんですけど、これがいわゆる判断疲れってやつなのかも、と妙に納得したんですよね。
考えてみると、そういう日ってだいたい、育児グッズの購入どれにしようか悩んでたり、保育園入園準備タスクをじわじわ勧めてたり、判断が溜まっていた日が多い気がする。
逆に、家業務の判断が溜まってない時は、仕事中もそこそこ頭が動いてくれる気がする。
これ、たぶん偶然じゃないんですよね。
育児が始まる前って、家での判断負荷がほぼゼロだったから、仕事の判断に全力を注げていたんだなと思います。
それが今は、職場に着いた時点ですでにそれなりの量の判断を消費している。
そりゃ、疲れるのも当然というか、頭が回らなくなる日があるのも、ある程度説明がつくよなあ、と思いました。
両立は「時間配分」だけじゃなく「判断回数の配分」の話でもある

仕事と育児の両立って、よく「時間をどう使うか」の話で語られますよね。
でも最近強く思うのは、それだけじゃなくて、「判断回数をどう配分するか」の話でもあるな、ということ。
時間が空いていても、判断リソースが枯れていたら、いいアウトプットは出せない。逆に、判断リソースに余裕があれば、限られた時間でも仕事に集中できる。
そう考えると、「判断を減らす工夫」って、時短のためだけじゃなくて、判断リソースの節約という意味でもめちゃくちゃ価値があったんだなと。
以前書いた育児の考える手間を減らすサブスク2選という記事も、振り返るとまさにこの話につながっていたんですよね。ChatGPTもトイサブも、結局は「考える=判断する」工程を外に出してくれるサービスだったんだなと。
1LDKで戦う我が家の時短家電・サービスで書いた電気圧力鍋や自動計量IH炊飯器も、振り返るとぜんぶ「家事のたびに判断する回数」を減らしてくれる存在でした。
「米を計って、研いで、水を入れて、スイッチを押す」って書くと一瞬の作業なんですけど、その工程の中にも実は判断が小さく散らばっているんですよね。それごと家電に渡せると、地味に楽。
家電やサービスにお金を使うことを「楽するため」って言葉で説明していたんですけど、もう少し正確に言うと、「判断リソースを残しておくため」だったのかもしれません。
おわりに
育児が始まる前は、自分の判断力って有限なリソースなんだ、なんて全然予期していませんでした。
時間さえあればなんでもできる、くらいに思っていたんですよね。
でも実際に育児に入ってみると、時間以上に「判断回数」のほうが先に枯れる、なんて場面がしょっちゅうあって。
仕事と育児を両立しようと思ったら、時間だけじゃなくて、判断量のリソース配分も適正化していく必要があるんだな、と今は思っています。
そのことに気づけただけでも、育児に入ってからのなかなか大きな学びでした😊
最近は、娘が風邪を引いているので、鼻水をいつ吸うのか、寝かせるのか、何を食べさせるのか今日も判断の連続なゆきです。



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