フルタイム勤務、1歳児ママのゆきです。
仕事と育児の両立について考えるとき、最近よく思うことがあります。
それは、育児が始まったからといって、仕事が好きじゃなくなったわけではない、ということです。
むしろ私は今でも仕事が好きです。キャリアも大事にしたいです。
ただ、子どもが生まれたことで、これまで無自覚に仕事に投入していた時間に、はっきり別の使い道が生まれました。

子どもと過ごす時間です。
子の存在があまりに強い。かわいい。強い。笑
だから今は、仕事でちょっとでも残業すると、心の中でちょっと考えます。
この時間、本当に仕事に使うのか。
この仕事は私がやる必要があるのか。
そもそも、この仕事はやる必要があるのか。
今日は、育児と仕事の両立の中で、私が「仕事の優先順位」をどう考えるようになったかを書いてみます。
効率化のテクニックというより、仕事観の話です。
若い頃は「自分でやる」に意味があった

まず、昔の自分の働き方を、単純に「抱え込みすぎだった」とは思っていません。
若い頃は、そもそも部下がいませんでした。仕事を任せやすい相手もほとんどいない。
人に頼むには、説明する必要があります。納得してもらう必要があります。進捗を確認する必要もあります。
そのコストをかけてまで任せるより、自分で手を動かした方が早い、という場面は実際たくさんありました。
それに、自分自身も組織の中で信用を得たい時期でした。
仕事を引き受けることには、経験を積む意味がありました。能力を伸ばす意味もありました。「ちゃんと仕事をする人だ」と思ってもらう意味もありました。
最初から難しい戦略論を考えるより、まず手を動かしてみることで見えるものも多いです。
多くのことは、経験して、考えて、実践してみて、ようやく「あ、そういうことだったのね」と分かる。
なので、若い頃の自分が量で戦っていたことは、それはそれで必要な時期だったと思っています。
でも、ずっと「量」で戦うのは危うい

ただ、経験を積んだあとも、同じように量で戦い続けるのは少し危ういなと思うようになりました。
能力が上がれば、できる仕事が増えます。
できる仕事が増えると、仕事が集まります。
仕事が集まっても、自分で処理できてしまう。
すると、さらに仕事を引き受けてしまう。
この循環、けっこう起こりがちなんじゃないかと思います。
時間があると、その時間で仕事を吸収できてしまうんですよね。
そして、たくさん働けてしまうと、実は避けられてしまう判断があります。
何をやるべきか、何をやめるべきかの判断です。
これ、地味に面倒なんですよね。自分がやると決めるのも面倒だし、やらないと決めるのも面倒。
「これはやりません」と言うには理由が要ります。誰かに任せるなら説明も要ります。後で困らないように最低限の確認も要ります。
だったら自分でやっちゃうか、となる。
自分でやれば短期的には早い。でもそれを続けると、仕事の優先順位を決める力は、あまり鍛えられない気がしています。
これは本人だけではなく、上司にも起こると思います。
部下がたくさん働いてくれるなら、上司自身も「何を優先するか」を明確に決めなくて済んでしまう。
時間があることは強みです。でも、時間がありすぎると、判断を先送りできてしまう面もある。
定時退社は、優先順位を決めるトリガーになった

今の私は、定時で帰ることを前提に働いています。
「私は帰るので、全部はできません」という制約が、自分にも周りにもあります。

帰ります!!
でも、この制約があるからこそ、自分自身も上司も「何を優先するか」を考えざるを得なくなったように思います。
今日は何をやるのか。何は明日でいいのか。これは私がやるのか。これは他の人に任せるのか。
育児による時間制約は、ただの不便ではありませんでした。
私にとっては、仕事の優先順位を明確にするトリガーでもありました。
もちろん、これはどの職場でも同じように機能するとは限らないと思います。
家庭の事情があっても「もっと引き受けてほしい」という空気の職場もあると思います。時間制約を前提に仕事を組み替えられるかどうかは、組織文化や上司との関係にかなり左右されます。
私の場合は、定時退社という制約を職場に共有できていて、それを前提に話せる上司がいたことが大きかったです。
たくさん働くより、組織の判断を作れる人でいたい

仕事の中で、最近特に価値を感じるようになったことがあります。
それは、単に指示された作業を大量に処理することではなく、組織として何をするべきかを考え、最終的な判断を見据えて動けることです。
もちろん、作業量をこなせることも大事です。そこを軽く見たいわけではありません。
ただ、指示待ちで動く人が増えても、上司は「何を調べるか」「どこまでやるか」「どういう結論を目指すか」を一つ一つ判断し続けなければなりません。
それだと、手は増えても、判断の負担はあまり減らない。
逆に、「最終的に組織としてこういう判断が必要になりそうだ」「だから今これを調べる」「これは他の人に任せる」「ここは自分が考える」と動ける人は、組織にとってかなり価値が高いと思っています。
ここでいう仕事のセンスは、単なる要領の良さではありません。
最終的な組織判断を見据えて、時間・人・情報をどう使うかを判断できること。
それに近いものだと思っています。
そしてたぶん、育児によって時間が制約されたことで、私はこの「判断する側」の仕事に、より意識的になりました。
できるけれど、あえてやらない仕事を選ぶ

今の仕事でも、自分が勉強すればできるようになる分野はあります。
以前の私なら、「できることは増やした方がいい」と考えて、自分で勉強して、自分の守備範囲を広げにいったかもしれません。
でも今は少し考え方が変わりました。
自分にはすでに得意分野があります。チームの中でも、その専門性をある程度認識してもらっています。
だったら、新しい分野まで全部自分で抱えにいくより、その分野は後輩に任せる。私は自分の強みを生かして、最終的な制度判断に近い部分を考える。
技術的な知識についても、全部自分で抱えようとはしなくなりました。詳しい人に随時聞けばいい。
たぶん大事なのは、できないから任せるのではなく、できるけれど、あえてやらないことを選ぶという感覚です。
これ、なかなか難しいです。
できることを手放すのって、ちょっと怖いんですよね。自分でやれば読める。自分でやれば安心。自分でやれば、少なくとも自分の責任で終われる。
でも、限られた時間の中で仕事をするなら、「自分ができるか」だけでは足りない。
自分がやる価値が高いか。
そこまで考える必要が出てきました。
仕事を任せることは、別の難しさへの移動だった

ただ、仕事を任せれば全部解決、という話でもありません。
後輩が主体性を持ってやり切れるか。自分はその人のやる気を引き出せるか。周囲が自分を信頼して、歩調を合わせてくれるか。
新しいプレッシャーが出てきます。
つまり、「全部自分でやる」という難しさから、「自分では全部やらず、人が動けるようにする」という別の難しさに移ったんだと思います。
これはこれで、普通に難しいです。
私は今も試行錯誤中です。人を動かすの、そんな急にうまくならない。急募・ちょうどいい声かけスキル。
でも最近、少し救われたこともありました。
後輩の主体性について悩んでいたとき、上司が働きかけのきっかけを作ってくれたんです。
そのとき私は、事前に自分の中で「何が課題なのか」を整理していました。
だから上司から話を振られたとき、自分の悩みを比較的すぐ言葉にできました。
そこで思ったんです。
自分が全部解決する必要はない。ただし、何が課題なのかは考えておく。
これも、今の私にとってかなり大事な学びでした。
長時間働くこと自体を、否定したいわけではない

ここまで書くと、「長時間労働は悪い」「若いうちから仕事は全部人に任せるべき」という話に見えるかもしれません。
でも、私はそうは思っていません。
若い頃に量をこなした経験には、意味がありました。
当時の働き方が本当にベストだったかは分かりません。もっと良いやり方もあったかもしれない。
でも、その時期があったから、今見えていることも多いです。
そして正直、今後のキャリアでも、あと1〜2回くらいは、意識的に仕事へ大きく時間を使う時期があってもいいと思っています。
ただ、それを常態化させたいわけではありません。
今の私は、仕事も好きです。子どもとの時間も大事です。定時退社を基本にしたいです。
この配分が、今の自分にとってかなり良いバランスだと感じています。
「全部仕事に渡す」でもない。
「仕事は最低限でいい」でもない。
仕事にも、育児にも、自分の人生にも、納得して時間を渡したい。
たぶん、そういうことなんだと思います。
自分は、何のために仕事をしているのか

育児が始まってから、私は「時間の使い方」にかなり敏感になりました。
それは単に、忙しくなったからではありません。
仕事以外に、明確に時間を渡したい相手ができたからです。
そうなると、自然と考えます。
自分はなぜ、この仕事に時間を使っているのか。
この仕事は、単なるライスワークなのか。生活のために必要な仕事なのか。
それとも、ライフワークと呼べるくらい、自分にとって大切なものなのか。
私は、仕事に人生の時間を使うこと自体は、悪いことだと思っていません。
自分が心からやりたい仕事なら、人生のある時期に、意識的に大きく時間を使う選択もあると思います。
一方で、ライスワークとしての仕事なら、無理をしてまで仕事に人生の時間を渡さなくてもいいのでは、とも思います。
もちろん、生活のために働くことも大事です。きれいごとだけでは生きていけません。住宅ローンも教育費も、なんとかしないと。笑
それでも、自分が何を大事にしたいのかを考えずに、なんとなく仕事に時間を渡し続けるのは、少し怖いなと思うようになりました。
育児は、時間を取り戻すきっかけだった

育児は、私にとって「働けない理由」ではありませんでした。
むしろ、仕事が好きな気持は残ったままです。
でも、子どもが生まれたことで、それまで無自覚に仕事へ渡していた時間を、いったん自分の手元に取り戻すことになりました。
そして、改めて配分し直す必要が出てきた。
この時間は、仕事に渡すのか。子どもに渡すのか。自分に渡すのか。
その判断を、毎日小さく繰り返している感覚があります。
まだ正解は分かりません。
娘の成長に合わせて、仕事の状況に合わせて、自分の体力に合わせて、また変わっていくと思います。
でも今のところ、育児と仕事の両立を通じて私が得た一番センスは、これです。
育児は「働けない理由」ではなく、それまで無自覚に仕事へ渡していた時間を、改めて自分の手元に取り戻して配分し直すきっかけだった。
取り戻した時間で、何をするか。
仕事に渡す日もある。子どもに渡す日もある。自分に渡す日もある。
その配分を、自分で考えて、自分で選んでいきたいです。
P.S.娘の発語が進んできたので、赤ちゃん言葉集めが最近の趣味です。ぷーぷーぱい、おいしかったんだね☺️




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